大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和46年(ワ)277号 判決

原告 池田敏彦

原告 池田文子

右両名訴訟代理人弁護士 山口米男

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 小沢義彦

〈ほか四名〉

被告 佐賀土地改良区

右代表者理事 森覚次

右訴訟代理人弁護士 安永沢太

右同 安永宏

主文

被告らは、各自、原告敏彦に対し、二〇六万二、八一八円、原告文子に対し、一六二万二、八一八円およびこれらに対する昭和四六年五月一六日からそれぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

この判決の第一項は、仮に執行することができる。ただし、被告らが、各原告敏彦に対し一〇〇万円、原告文子に対し八〇万円の担保を供するときは、その原告の右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告敏彦に対し、一、〇七二万八、九三三円、原告文子に対し、九四七万八、九三三円およびこれらに対する昭和四六年五月一六日からそれぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  敗訴の場合における仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

原告らの子訴外池田砂矢夏(昭和三九年八月一〇日生まれ、以下、砂矢夏という。)は、昭和四六年五月一六日午後三時四〇分ころ、佐賀県佐賀郡大和町大字尼寺字西町の通称大井手幹線水路(以下、本件水路という。)の県道久留米・小城線北方約一八〇メートル附近(以下、本件事故現場という。)に転落して死亡した。

2  (被告らの責任)

(一) 本件水路は、被告国が土地改良法に基づき、農業用かんがい用水確保の目的で、昭和三七年に設置した公の営造物であり、被告佐賀土地改良区(以下、被告区という。)が管理、占有しているものである。

(二) 砂矢夏の右死亡事故(以下、本件事故という。)は、以下に述べるように、被告らの本件水路の設置、管理の瑕疵に起因するものであるから、被告らは、国家賠償法二条一項により、後記損害を賠償すべき責任がある。

(1) 本件水路は、別紙図面に表示するような構造のコンクリート造りの用水路で、水量も多く、水流も急であるうえ、水路両側面および底部には、水あか、苔などが付着して滑りやすくなっているが、水路両岸には、約八〇メートル間隔で、水路に降りるための鉄製のタラップが設置されているほか、手をかけるところは何もなく、老人、子供らが転落すれば、自力ではい上がることはほとんど不可能であり、しかも水流が急なため転落者の発見も困難で、これを救助することは容易でないところから、その生命、身体に対する危険は極めて高いものである。

(2) しかも、本件水路の付近には、大和町佐熊部落、尼寺西町等の集落や佐賀農芸高等学校が存在し、また本件事故現場の南方約一八〇メートルの地点に設置された大和橋を県道久留米・小城線が通っていて、車両、歩行者等の通行も多いうえ、本件水路の両岸に設置された堤防の天端部分は、本件水路用地の買収の際、沿線住民に通路として使用することを認めたことから、水路周辺の農地所有者や一般人の通路ならびに佐賀農芸高等学校生徒らの通学路として利用されているほか、昆虫採集や魚採りなどの手近な場所として付近の子供らの遊び場となっている。

(3) ところが、水路両岸には草が生い茂り、天端部分と水路との境界が判然としない状態であるため、本件水路では、これまで多数の転落事故が発生し、本件のほかにも二名の死亡者を出していたが、被告らは、大和町や付近住民から、再三にわたって、防護柵等の安全措置を講ずるよう求められていたにもかかわらず、死亡事故が発生した現場付近に杭を打ち鉄線を張るなどの部分的措置を講じたのみで、本件事故現場付近は、誰でも自由に立ち入ることができる状態のまま放置していた。

(4) 以上のように、本件水路は極めて危険な状態であったから、被告らとしては、転落事故防止のため、本件水路の両岸に防護柵を設置するなど抜本的な安全措置を講ずべき義務があったのに、これを怠ったため、本件事故を惹起させたものであって、被告らには、本件水路の設置、管理に瑕疵があったというべきである。

(5) 仮に、防護柵を設置すべき義務がなかったとしても、被告らは、本件事故現場に設置されていたタラップの欠損を放置していた点で、本件水路の管理に瑕疵があった。すなわち

イ 本件水路の両岸には、水路に降りるタラップが設置されているが、本件事故現場のタラップは、上から五段目が欠損したまま放置されていた。

ロ しかして、本件事故は、砂矢夏と訴外甲野太郎(当時小学校一年生、以下、太郎という。)が、本件水路の堤防天端部分で遊んでいるうち、本件事故現場のタラップの付近からカエルが二、三匹飛び出したので、砂矢夏が右タラップを伝って水面近くまで降り、片手でタラップを掴み、所携の竹棒で水中をかきまぜていたところ、太郎が「メダカはおるか。」と言いながら、右タラップを降りかけた際、右タラップの欠損に気付かず、空足を踏んで足を滑らせ、同児の足が砂矢夏の腰付近に当たったため、その衝撃で、砂矢夏が水路に転落したものである。

ハ このように、本件水路の両岸には、水面近くまで降りることのできるタラップが設置されていたから、特に好奇心の強い子供らが、これを伝って水面まで降りてみようという気持ちにかられることも十分考えられ、その場合、タラップに欠損があれば、遊びに夢中になっている子供がこれに気付かず、足を踏み外して転落することもまた当然予想できるところであるから、本件水路の管理者としては、タラップの欠損箇所が生じた場合には、速やかに、これを補修する義務があるといわなければならない。ところが、被告らは、本件事故現場のタラップの欠損を放置し、その結果、本件事故を誘発させたものであるから、被告らには、本件水路の管理に瑕疵があったというべきである。

3  (損害)

(一) 砂矢夏の逸失利益 一、二九五万七、八六七円

(1) 砂矢夏は、死亡当時六才九か月の健康な男子で、本件事故に遭わなければ、少くとも一八才から六五才まで稼働可能であり、その間は、毎年少なくとも一六二万四、二〇〇円(昭和四八年度賃金センサスによる全産業男子労働者の平均給与額)の収入を得ることができたから、右収入の五割を生活費として控除し、ホフマン式計算方法により、右死亡時の一時支払額を算出すれば、同児の得べかりし利益は、一、二九五万七、八六七円となる。

(2) 原告らは、砂矢夏の父母であり、同児の死亡により、右逸失利益の各二分の一を相続した。

(二) 葬儀費用 二五万円

原告敏彦は、砂矢夏の葬儀費として二五万円を下らない費用を支出し、同額の損害を被った。

(三) 慰謝料 六〇〇万円

原告らは、一人息子である砂矢夏の将来に大きな希望を託して同児を養育してきたものであり、同児の死亡により、耐え難い精神的苦痛を被ったから、これを慰謝するには、少なくとも各三〇〇万円が相当である。

(四) 弁護料 一〇〇万円

被告らは、本件水路において再三事故が発生していたにもかかわらず、十分な安全策を施さず、さらに本件事故後、原告らが事故再発防止のため、早急に安全措置を講ずべき旨を要求しても、何ら誠意を示さないため、原告らは、やむなく本訴に及んだものであり、その際、原告敏彦において、本件勝訴額の一割五分を弁護料報酬として、原告ら訴訟代理人に支払うことを約したから、右のうち少なくとも一〇〇万円は、被告らが負担して然るべきである。

4  (結論)

よって、被告ら各自に対し、原告敏彦は、前記3の(一)の二分の一および同(二)ならびに同(三)の二分の一および同(四)の各金員合計一、〇七二万八、九三三円、原告文子は、同(一)および(三)の各二分の一の金員合計九四七万八、九三三円およびこれらに対する本件事故発生の日である昭和四六年五月一六日からそれぞれ支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

1  請求原因1項は認める。

2  同2項の(一)は認めるが、同項の(二)冒頭の主張は否認する。

(一) 同項の(二)(1)のうち、本件水路の構造および水路両岸にタラップが設置されていること(ただし、タラップの間隔は一〇〇メートルである。)は認めるが、その余は否認する。本件水路の水量は、その上流に設置されている川上頭首工で適宜調節され、平均流速は毎秒約一メートル、平均水深は約一メートル(本件事故当日の流速は毎秒約七二センチメートル、水深は約九〇センチメートルであった。)であって、一般の中小河川に比較し、特に危険性が高いわけでもない。

(二) 同(2)のうち、本件水路の沿線に佐熊部落および佐賀農芸高等学校が存在し、本件事故現場の南方約一八〇メートルの地点を県道が通っていること、本件水路の両岸に築堤がなされ、その天端部分の一部を水路沿線の農地所有者に農道として使用させていたこと、佐賀農芸高等学校の生徒の一部が登下校時に時おり右天端部分を通行していたことは認めるが、その余は否認する。右の堤防は、本件水路の保護を目的として設置されたもので、一般の通路として開放していたものではなく、被告区において、一般人の立ち入りを禁止していた場所である。しかも、水路沿線の耕作者は、他の通路を通って耕作地に行くことができたし、農芸高校の生徒らも公道を通じて容易に通学できたから、付近住民らが右堤防天端を通行しなければならない必要性はまったくなかったものである。さらに、本件水路沿線には、前記佐熊部落等わずかの集落しか存在せず、その周辺は殆んど農地であり、本件事故現場付近は、人家からも遠く離れていたから、普段子供らが立ち入ることもまったくなかった場所である。

(三) 同(3)のうち、本件水路で転落事故が発生したこと、被告区において事故が発生した現場の周辺に杭を打ち、鉄線を張って防護措置を講じたこと、本件事故現場付近の水路両岸には、防護柵が設置されていなかったことは認めるが、その余は否認する。本件水路両岸の堤防は、被告区において適宜除草作業を実施しており、水路との境界は判然としていたうえ、堤防天端の幅員は約二メートルで、見通しも良く、よほど異常な行動に出ない限り、水路へ転落する危険性もなかったものである。また原告ら主張の転落事故は、いずれも人家あるいは公道に近接する場所で発生したものであって、本件とは場所的環境を著しく異にするものであり、その態様も、被害者側の責に帰すべき事由によるものである。

(四) 同(4)は否認する。本件事故現場の水路両岸に防護柵を設置すべき義務はなく、被告らには、本件水路の設置、管理に何らの瑕疵もない。

そもそも、公の営造物の設置、管理に瑕疵があるとは、その営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性は、当該営造物の用途、構造、場所的環境および利用状況等諸般の事情を総合し、通常予想される危険の発生を防止しうるか否かによって判断されるべきところ、本件水路は、次に述べるとおり、いずれの点からも、かんがい用水路として通常有すべき安全性を具備しているものである。すなわち、本件水路は、農業用かんがい用水確保の目的で設置されたスロープ・フォーム型式の用水路で、その構造は、別紙図面表示のとおり、通水量、土質、工事施行の難易、耐久力等この種水路を設置するうえで、一般に考慮すべき一切の点を検討のうえ、合理的に設計された極めて安全性の高いものであり、また、その場所的環境も、ほとんど農耕地域内を縦貫する形で設置されていて、特に本件事故現場の周辺には、ほとんど人家もなく、人家の近くには、春日小学校をはじめ公園や遊園地あるいは小魚等の採れる小川等子供らの遊び場として他に適切な施設が多数あり、児童の遊戯場には恵まれていたから、本充水路に子供らが立ち入る可能性もほとんど皆無に等しいものであった。このように、本件水路は、その用途、構造、場所的環境および利用状況からみて、通常有すべき安全性を十分備えていたものであるから、本件事故現場付近に防護柵を設置しなければならない必要性はなかったというべきである。

しかも、被告らは、本件水路が佐熊部落等集落に接する付近および県道等の公道と交叉する付近には、いずれも一般人の立ち入りに備えて、水路両岸に適宜防護柵を設置し、また水路の随所に「立入禁止」「水泳禁止」「おちるとあぶない!!ひともくるまもちかよってはいけません」「すいろのそばにたちいってはいけません」等の危険標識を設置し、さらに学童等の立入禁止を周知徹底すべく、春日小学校をはじめ付近の小中学校、教育委員会および関係市町村長宛に、文書をもって、危険防止対策の協力を要請し、事故の発生を未然に防止すべく安全措置を講じてきたから、本件水路の管理には、何らの瑕疵もなかったというべきである。

(五) 同(5)のイは認めるが、ロ、ハはいずれも否認する。本件水路両岸のタラップは、水路の補修、監視の際に利用する目的で設置されたものであり、一般人が利用すべきものではなかったから、本件事故現場のタラップの欠損が、右の設置目的に何らの影響もない以上、これをもって、本件水路の管理の瑕疵ということはできない。

3  仮に、被告らに本件水路の設置、管理に瑕疵があったとしても、砂矢夏は、意図的に本件水路に立ち入り、みずからの不注意で本件水路に転落したものであって、たとえ、被告らにおいて、本件水路両岸に防護柵を設置しあるいはタラップの欠損箇所を補修していたとしても、本件事故の発生を防止しえたとはいえないから、右設置、管理の瑕疵と本件事故との間には因果関係がないというべきである。

4  同3項のうち、原告らが砂矢夏の父母であることは認めるが、その余はすべて争う。

三  抗弁

仮に、本件水路の設置、管理に瑕疵があり、かつ右瑕疵と本件事故との間に因果関係があるとしても、本件事故は、砂矢夏が立入禁止区域である本件水路に入り込んだうえ、タラップを降りて水遊びをしていた際、同児の不注意から生じたものであり、仮に、同児に危険性についての弁識能力がなかったとしても、同児の監督義務者たる原告らにおいて、同児に対する相応の指導、監督を怠ったことに起因するものであるから、右の過失は、損害額の算定につき参酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。前記のとおり、太郎の足が砂矢夏の腰付近に当たったため、同児は本件水路に転落したのであるから、同児には何ら過失はなく、また同児は本件事故当時、小学校一年生で一応の弁識能力を具備していたから、原告らには、同児に対する監督上の注意義務はない。仮にそうでないとしても、遊び盛りの同児を本件水路に近よらせないようにすることを原告らに期待することは不可能であるから、同児が本件水路に遊びに行ったからといって、原告らに監督上の過失があったということはできない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  (事故の発生)

原告らの子砂矢夏が、昭和四六年五月一六日午後三時四〇分ころ、本件水路の本件事故現場に転落して死亡したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、本件事故は、砂矢夏が太郎とともに本件水路両岸の堤防天端部分で遊んでいるうち、水路側面に設置されたタラップを伝って水面近くまで降り、水遊びをしていた際に発生したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  (被告らの責任)

1  本件水路が、被告国により設置され、被告区によって管理されている公の営造物であることは当事者間に争いがない。

2  そこで、本件水路の設置または管理に瑕疵があったかどうかにつき判断する。

一般に、公の営造物の設置または管理に瑕疵があるとは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性の存否は、当該営造物の用途、構造、場所的環境および利用状況ならびに身体、生命に対する危険性の程度、内容等諸般の事情を総合し、当該営造物がその危険性の度合に応じ、危険防止のために必要な設備を備えているかどうかによって判断されるべきものであるから、以下、本件水路につき、これらの諸点を検討する。

(一)  本件水路が、農業用かんがい用水確保の目的で設置されたスロープ・フォーム方式のコンクリート製用水路で、その構造は別紙図面表示のとおり、水路両側面が約三三度の傾斜をなし、水路上部の幅員が約八・八九メートル、底部幅員が約二・八〇メートル、水路自体の深さが約二・〇三メートルで、水路の両側面には、約八〇メートルないし一〇〇メートル間隔で、水路底部まで降りることのできる鉄製のタラップが設置され、本件事故現場付近にも右タラップがあったこと、本件水路の沿線には、佐熊部落および佐賀農芸高等学校が存在し、本件事故現場の南方約一八〇メートルの地点に設置された大和橋を県道久留米・小城線が通っていること、本件水路の両岸には、築堤がなされており、被告らは、その天端部分を水路沿線の農地所有者らに農道として使用させていたこと、そのため、前記佐賀農芸高等学校の生徒らも、登下校時にここを通行していたこと、本件水路では、本件事故以前にも転落事故が発生し、死亡者を出したため、被告区は、これら事故発生現場の周辺に杭を打ち、鉄線を張るなどの防護措置を講じていたが、本件事故現場付近の水路両岸には防護柵が設置されていなかったこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  しかして、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 本件水路は、北山ダムに貯留したかんがい用水を佐賀平野一万一、〇〇〇余ヘクタールの水田に適正に配分する目的で築工された国営嘉瀬川農業水利事業の一環として、昭和三七年ごろ設置された川上頭首工から佐賀市方面に向かって南下する総延長約七・七キロメートルのかんがい用水路であること。

(2) 本件水路の水量は、右川上頭首工で適宜調節されているが、本件事故現場付近の平均流速は毎秒約一メートル、平均水深は約一メートルであり、毎年六月一一日から一〇月一〇日までのかんがい期には、非かんがい期の五倍ないし六倍の水量となるため、流速は更に早くなり、水深も二メートル近くになり、本件事故当時も、非かんがい期であったが、水深約九二センチメートルあったこと。

(3) しかも、本件水路の両側面および底部には、水あか、苔などが付着して滑りやすくなっているため、老人、子供らが一たん転落した場合には、本件水路の前記構造とあいまって、自力ではい上がることはほとんど不可能に近く、その救助も容易でないこと。

(4) 本件水路は、ほとんど農耕地域内を南北に縦貫する形で設置されており、本件事故現場の周辺も、水田やみかん、ぶどう等を栽培する畑となっているが、本件水路の沿線には、前記のように、佐熊部落および佐賀農芸高等学校が存在し、また本件事故現場の約一八〇メートル南方を県道久留米・小城線が通っているほか、本件水路の約三五〇メートル東方を本件水路とほぼ平行に国道二六三号線が通っており、右国道と県道が交差する大和町尼寺交差点周辺は、原告方をはじめ商店や住宅が建ち並ぶ市街地となっていて、右県道沿いにも本件水路近くまで人家が存在すること。

(5) 本件水路の両岸に設置された前記堤防の天端部分は、幅員約二メートルの平担な路面状となっており、前記のように、水路沿線の耕作者の農道としてあるいは佐賀農芸高等学校生徒の通学路として利用されていたほか、付近住民らの通路としても利用されており、しばしば付近の子供らがここを通行することもあったこと。

(6) しかも、本件事故現場のすぐ東側には、本件水路に沿って自然の浅い小川が流れ、魚採りなどの手近な場所として、付近の子供らの遊び場となっていたため、魚採りなどにきた子供らが、右堤防天端部分に立ち入ったりしていたこと。

(7) その際、本件水路両岸には、前記のように水路底部まで降りることのできるタラップが設置されていたほか、前記佐熊部落から大和橋に至る側の水路には、水路沿線の農地所有者らのため、三か所にわたって幅約〇・九メートルのコンクリート板を渡したのみの農耕用の橋がかけられており、また本件事故現場のすぐ南側には、水位を調節する鉄製の調整堰が設置されていて、これにも幅約〇・五メートルの足場が設けられていたところから、子供らは、これらの施設を利用するなどして、本件水路に近づいたりしていたこと。

(8) そのため、本件事故現場付近では、これまでにも再三子供らの転落事故が発生しており、付近住民からは、被告らに対し、防護柵の設置その他の安全措置を講ずるよう要望が出されていたこと。

(9) もっとも、本件水路両岸の右堤防は、もともと水路保護の目的で築造されたもので、その天端部分も、一般人の通路として開放されたものではなかったため、被告区においては、右天端部分への一般人の立ち入りを禁止するとともに、水路の随所に「立入禁止」「水泳禁止」等の危険標識を設置し、さらに、毎年小、中学校や教育委員会および関係市町村長宛に、文書をもって、児童に対する危険防止のための協力を要請し、児童が本件水路に近づかないよう注意を喚起していたが、本件事故現場付近の堤防天端部分が前記のように農道として利用されており、水路沿線の耕作者らが農作業の往き帰りに常時ここを通行していたことや、大和橋の脇を通れば、県道から右天端部分までは容易に立ち入ることができたこと、さらに右危険標識も抜き取られたりあるいは毀損されたりしていたことなどから、本件事故当時、本件水路への立ち入り禁止の趣旨は、必ずしも周知徹底されていなかったこと。

以上認定の事実によれば、本件水路は、その規模、構造ならびに水量からして、老人、子供らが転落した場合、その生命、身体に対する危険性が極めて高いものであったにもかかわらず、本件事故現場付近の堤防天端部分は、付近の子供らが容易に立ち入ることのできる状態に置かれていたうえ、水路底部まで降りることのできるタラップや、水路を渡ることのできる農耕用の橋が設置されていたため、好奇心や冒険心の強い子供らが、これらの施設を利用して、本件水路に近づくことは容易に考えられるところであったから、本件事故現場付近における子供らの転落の危険性はかなり高いものであったといわざるをえない。従って、本件事故現場付近においても、水路における転落事故防止のため、右タラップ付近への立ち入りを禁止するなど適切な安全措置が講じられる必要があったものというべきところ、被告らは、前記佐熊部落周辺や現実に転落死亡事故が発生した現場周辺には防護柵を設置するなどの措置を講じたものの、本件事故現場付近には、立入禁止等の危険標識を設置した(それも、本件事故当時、抜き去られるなどして現存しなかった。)ほかは、十分な危険防止の設備を施さなかったのであるから、被告らの本件水路の設置または管理には、瑕疵があったものといわなければならない。

3  そして、以上の事実関係によるときは、砂矢夏が本件水路に転落したのは、右のような瑕疵に基因するものであることが明らかであるから、被告らは、本件水路の設置、管理者として、各自、本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

三  (過失相殺)

しかしながら、砂矢夏が本件事故当時満六才九か月であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、同児は、同年令の児童が有する平均的知識および判断力を有しており、平素、家庭で、危険な川などに近づかないよう注意を受けていたことが認められるから、同児は本件水路の危険性を認識し、これに立ち入って水遊びをするなどの危険な行動を回避する能力を有していたものと推定され、右事実によれば、砂矢夏にも、立入禁止区域である本件水路敷地内に入り込んだうえ、タラップを降りて危険な水遊びをしていた不注意があり、右不注意も本件事故発生の重大な原因になったものといわざるをえない。従って、後記損害賠償額の算定にあたっては、これを斟酌するのが妥当であり、その割合は、被告ら四割、砂矢夏六割と認めるのが相当である(原告らは、砂矢夏が右タラップを降り、片手でタラップを掴み、所携の竹棒で水中をかきまぜていたところ、太郎がタラップを降りようとして足を滑らせ、同児の足が砂矢夏の腰付近に当たったため、その衝撃で、水路に転落したものであるから、砂矢夏には何らの過失もない旨主張し、原告敏彦(第一回)および同文子は、各本人尋問の際、これに添う供述をしているが、仮に、砂矢夏の本件水路への転落の原因が、右主張のとおりであったとしても、同児の前記不注意を免れしめるものではない。)。

四  (損害)

1  砂矢夏の逸失利益

砂矢夏は、前記のとおり死亡当時満六才九か月であり、≪証拠省略≫によれば、同児は健康な男子であったことが認められるので、厚生大臣官房統計調査部発表の第一二回生命表によれば、満六才の男子の平均余命は六五・五一年であるから、砂矢夏は、本件事故に遭わなければ、右程度の期間生存し、その間満一八才より満六三才まで少なくとも四五年間は就労して収入を得ることができたものと推認される。そして、昭和四六年度の労働省労働統計調査部の賃金センサス第一巻第一表によれば、同児の右就労開始時における年間総収入は、五八万八、五〇〇円(昭和四六年度全産業企業規模計男子労働者一八才ないし一九才の平均月額きまって支給する現金給与額四万三、八〇〇円の一二か月分に年間賞与その他特別給与六万二、九〇〇円を合計したもの)となるから、他に特別の事情の認められない本件においては、生活費として、その五割を控除した二九万四、二五〇円が同児の年間純収益となる。そこで、これを基礎にホフマン式計算方法により、年五分の中間利息を控除し、右死亡当時における砂矢夏の総収入の一時支払額を算出すれば、五一一万四、〇九四円となり、右金額が同児の得べかりし利益となる。

294,250×(26.5952-9.2151)=5,114,094

そして、原告らが砂矢夏の父母であることは当事者間に争いがないから、原告らは、同児の死亡により、各右金額の二分の一にあたる二五五万七、〇四七円の損害賠償債権を相続により取得したことが明らかである。

2  葬儀費用

≪証拠省略≫によれば、原告敏彦は、砂矢夏の葬儀のため二五万円を下らない費用を支出し、同額の損害を被ったことが認められる。

3  過失相殺後の損害額

以上1、2を合計すると、原告敏彦の損害は、二八〇万七、〇四七円、原告文子の損害は、二五五万七、〇四七円となるが、前記砂矢夏の過失を斟酌し、その六割を控除すれば、それぞれ一一二万二、八一八円および一〇二万二、八一八円となる。

4  慰謝料

≪証拠省略≫によれば、原告らは、その長男である砂矢夏の将来に希望を託し、愛情をもって養育してきたことが認められ、本件事故により重大な精神的打撃を被ったであろうことは推認するに難くないが、他方砂矢夏にも前記のとおり過失があり、本件事故に至る経緯、事故の態様等諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛は、各六〇万円をもって慰謝されるのが相当である。

5  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告らは、本件事故の被害者として、自己の権利擁護のため、やむなく本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その際、原告敏彦において、本訴認容額の一割五分をその報酬として支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の性質、難易、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、右認容額の約一割に相当する三四万円が、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としての損害と認めるのが相当である。

6  原告らの損害額

してみると、原告敏彦の損害は、右3、4、5の合計二〇六万二、八一八円、原告文子の損害は、右3、4の合計一六二万二、八一八円となる。

五  (結論)

よって、原告らの本訴請求は、被告らに対し、各自、原告敏彦において、二〇六万二、八一八円、原告文子において、一六二万二、八一八円およびこれらに対する本件事故発生の日である昭和四六年五月一六日からそれぞれ支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を、仮執行の宣言およびその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩田駿一 裁判官 三宮康信 窪田もとむ)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例